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私が医師になるまで、医師になってから

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フリーランス医師
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自分を振り返る意味も込めて私の今まで歩いてきた道を整理してみました。特に取り柄もなく特に有名でもない一介の医師の小さな半生の話ですのでつまらないかもしれません。「こんな奴も居るのね」と暇潰しにどうぞ。また学生の方には「こんな感じでのやつがこんな末路をたどるんやな」と同じ轍を踏まないように教材にしていただければ幸いです。あと、医学部再受験に挑まれる方が時々いらっしゃるようですので、同じ再受験体験者としてこんな生活して合格しましたという一例を提示しました。医学部再受験はめちゃめちゃ厳しいです(メンタル的にも)。

・横軸は年齢。縦軸が人生のスコア。
・高校時代に急落し、医学部合格を機に急上昇。その後大学病院入職を機に再度急落。結婚を機に再浮上と浮き沈みの多い人生です。

生い立ちのスペック:
・兼業農家
・父:地方公務員(高卒) 母:准看護師(中卒)
・3人兄弟の次男 
・地方の小都市(人口十万人以下)に生まれ育つ
・バラックのようなボロアパート暮らし

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幼少期(幼稚園・小学校)

・幼稚園から小学校まで全て地元の公立で過ごす。
・3歳の時に保育園へ通わせようとするが登校拒否。昼寝をするのがどうしても嫌だった。結局保育園は行かずに母親とピクニックしたりして過ごす。毎日楽しかった。
・幼稚園になるとガキ大将として数々の問題を起こし小学校を卒業するまで先生に頻繁に殴られるが、一切気に留めず。「また殴られちゃった(笑)」程度の認識で学校が楽しくてしょうがない。
・ガキ大将のプライドからボロアパートでの暮らしを恥じてしまい、友人を家に連れてきたことが無いまま中学生まで過ごす。小学生の時に教頭先生がフグに似ていたので教頭先生に向かって「フグ!」と叫びボコボコにされる。
・物心がついた時から本の虫。1日50円のお小遣いをひたすら貯金し、貯まったら本をまとめ買いする。クリスマスや誕生日のプレゼントも本をリクエストする。本を買い過ぎて本棚が重さで潰れて親に叱られる。お気に入りは学研マンガ「ひみつシリーズ」であった(全て持っていた)。
・科学に興味を持つ。望遠鏡で天体を観測したり、顕微鏡で虫や植物を観察することが楽しくてしょうがない。机の中にしまっておいた虫の死骸からウジ虫が発生し、机の下ではい回っているのを母親が見つけて激怒される。
・小学校3年の時にパソコンに興味を持つ。プログラミング(BASIC言語)を独学で学んで毎晩深夜まで熱中する。
・勉強は好きだし得意だったので小学校3年生の時には微分積分を学んで満足する。
・学校では授業の中身は既に知っている事が多いため、授業そのものよりも友達を笑わせる発言をすることに全力を注ぎ挙手しまくる。
・深夜に朝まで生テレビを見て父親と政治に関して熱く議論する。

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青春期(中学・高校)

・中学では生徒会副会長に選出される。
・公立の勉強がつまらず、もらった教科書1年分を3~4カ月で片付けてあとは好きなことを勉強する。
・中学で宿題を全く提出しないからと学年主任に呼び出され、「そんなことだからどうせ成績も悪・・・くないね。すごく良いね(学年1番)。」
・「もっと勉強させてください」と親に頼みこみ都会の塾に土日通わせてもらい公立のカリキュラムには無い内容を学ばせてもらう。このころは週末が楽しみで楽しみでしょうがなかった。都会の塾で知り合った隣の席のやつが当時全国模試で1位を度々取っている奴で「やっぱり世間は広いなあ」と田舎を飛び出して凄い奴等ともっと会いたいと思う。少なくとも東京へ、できればアメリカで暮らしたいと思った。
・高校は県下一の進学校に入学する。しかし、ここらで人生の目的に迷い勉強なんてしている場合じゃないと完全に放棄する。学校へもあまり通わなくなる。ひたすらに生徒の自主性に任せる校風だったため、授業に出る代わりに本屋で哲学書や宗教の本を読み漁る。成績は指数関数的に低下するが全く気にしていなかった。
・高校生くらいから人と関わることに苦手意識を持つようになり、できるだけ人と関わらずに生きていけるのではないかとの思い込みからプログラマーになることを夢見て某大学理工学部に入学。

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大学時代

・理工学部に入学したが人付き合いが苦手で暗い学生生活を送る。友人は二人しかいなかった。特に人生の目標も無いまま過ごす。空虚な日々。
・そんな日常の中でも数少ない人々との触れ合いの中でコンピューターよりもはるかに面白いものを見つけてしまう。それは「人間」だった。医学部に行くことに決め、大学をすぐさま中退(親にはナ・イ・ショ(笑))。ガソリンスタンドでバイトをしながら空いた時間は全て再受験のための受験勉強に充てる。ちなみに当時は医学部の編入制度は阪大しかなったため普通に受験。飯を食べる時間ももったいないため、1年間コメと即席めんとレトルトカレーとお茶漬けのみで過ごし体重が53㎏(173㎝)まで激減。身長も1.5㎝縮みました。
・猛勉強の甲斐あって全国で50番以内、偏差値80程度に到達し某国立医学部へ合格する。後にこれが「人生で行った最良の選択であった」と思うようになるような素敵な決断でした。
・医学部に入学後は徐々に人付き合いも上手(というか好き)になり友人たちと楽しい学生生活を送る。その後無事国家試験に合格。晴れて医師となる。
・医学部の2年生位までは個人でソフトウェア開発の仕事(主にC++)を請け負ってお金を稼ぐ。インターネットの普及が始まった頃で(ISDN回線の時代)仕事は、ネットを使ってリモートで行う。SOHOでした。その傍ら研究室で生体物質の代謝に関するシュミレーションプログラムを書いたりした。
・在学中にUSMLEに合格

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研修医時代

・マッチングにて第3希望の病院へ入職。研修医時代は恐ろしく多忙な日々を過ごす。もう二度と戻りたくないです。しかし、非常に良い経験となりました。
・「最も困っている人に大丈夫と言ってあげたい」との思いからがんの研究と治療に携わっていこうと思い血液内科を選ぶ。
・その後血液内科医として臨床に研究に励むためさらなる修業の道へ。大学病院で勤務を開始。同時に博士課程へ入学。無事博士号をいただく。
・研究室の上司がハーバード大学でスタッフだった人で、「お前面白いからハーバード行ってこい。紹介するぞ。」と言われ、いつかはアメリカで医師をしたいと思っていた夢が叶うと思ったが、冷静に考えると38歳であったためそろそろ真面目に地道に生きて親孝行もしなきゃと思い留学は諦める。

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MBA時代

・大学病院に嫌気がさして民間病院へ移ったものの、自分の思う理想の医療とのギャップに悩む。
・文句を言いながら働くのが嫌いなたちであることと、スティーブ・ジョブズの「今日が最後の日だとしても同じことをするか?その答えが”NO”の日が続くなら何かを変える時だ」という言葉を真に受けて病院を退職。フリーランス医師になると同時に経営のイロハを学ぶためMBAへ入学。
・MBAでは鬼のような課題を毎日深夜までこなし慣れない経営学に取り組む。が、非常に面白く割とのめり込んだ。無事に飛び級にて卒業。「いずれは経営の研究をして博士号をとりたい」と思う。

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結婚

・40過ぎても独身のため周りから結婚への圧力をかけられるが「私女性には興味なくて」と同性愛の振りをしてかわし続ける。
・同じ病院の血液内科病棟で働いていた看護師さんと3年の付き合いを経て結婚。この時42歳。晩婚ですね。結婚の決め手は真面目に働く優しい家庭的な女性で笑顔が素敵だったことと、そのころ私が「結婚もいいのかも」と初めて真剣に思えるようになったこと。
・その後MBAを卒業し開業の準備を始める。
・合同会社を設立し産業医法人として活動する。

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2019年現在

開業準備中。まだまだ人生模索中です。

今後の予定
①ヘルスケア関連ビジネス(クリニック以外)を立ち上げる
②東南アジア向けビジネスをする
③教育に携わる仕事をする(保育園等)
④経営学の研究をする
⑤才能はあるがお金がない子供を支援する財団を設立する(一番重要な夢)

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